「給与を見直し、休みも増やしたのに、若手がまた辞めてしまった」
「研修を充実させたが、定着につながっている実感がない」
「辞める理由を聴いても『一身上の都合』としか言ってもらえない」
製造業の経営者や現場の責任者から、人材定着についてこうしたご相談をよくいただきます。
結論から言うと、製造業の人材定着がうまくいかない原因の多くは、制度や待遇よりも、日々のマネジメントにあります。会社や上司が何を期待しているかが本人に伝わっていない、成長している実感が持てない、困っていることを言える場がない——こうした状態が続くと、待遇を整えても人は辞めていきます。
この記事では、製造業で人材定着を阻む5つの課題と、定着につながる施策の進め方を解説します。
| 課題 | 本人から見えている景色 | 改善の方向 |
|---|---|---|
| 1.期待が伝わっていない | 何を頑張れば認められるのか分からない | 役割ごとの期待をはっきり示す |
| 2.育成の段階が決まっていない | いつまでも「まだ半人前」と言われる | 段階ごとの「できればよい」を決める |
| 3.ベテランの基準で見られる | ちょっとできても、できない所ばかり指摘される | 今の段階に合わせて認める |
| 4.本音を言える場がない | 困っていても言えないまま辞める | 定期的に話せる仕組みをつくる |
| 5.施策がばらばら | 制度は増えたが、何も変わらない | 採用・育成・評価を一つながりで考える |
人材定着とは——「辞めない」だけでは足りない
人材定着とは、採用した人が長く働き続け、会社の中で力を発揮できている状態のことです。定着率(一定期間後に在籍している人の割合)で測られることが多い言葉です。
ただ、「辞めていない」ことだけを目標にすると、本当の課題を見落とします。辞めてはいないけれど、成長を感じられず、言われたことをこなすだけになっている——こうした状態も、会社にとっては大きな損失です。
Tecrhymeでは、人材定着を「会社の期待と本人のやりたいことが重なり、成長を実感しながら働けている状態」と考えています。この状態をつくれれば、結果として人は辞めにくくなります。
製造業で人材定着が難しくなっている背景
製造業の人材不足は、多くの会社で深刻になっています。少ない人数で生産を回すために一人ひとりの負担が増え、若手を育てる時間が取れない。育たないうちに若手が辞め、さらに人が足りなくなる——こうした悪循環が起きやすい業界です。
国の調査にも、この悪循環が表れています。厚生労働省「令和7年度能力開発基本調査」では、人材育成に問題があるとした事業所が挙げた問題点のうち、「人材を育成しても辞めてしまう」が51.6%で、「指導する人材が不足している」(59.5%)に次いで2番目に多くなっています。同じ調査で、技能継承に問題があるとした事業所は、製造業で65.8%と全産業で最も高い割合でした。育てる人が足りず、育てても辞めてしまう。定着と育成は、切り離せない課題です。
加えて、製造業ならではの事情もあります。
- 一人前になるまでに時間がかかり、成長の実感を持ちにくい
- 「背中を見て覚えろ」という育て方が残っている
- ベテランと若手の年齢差が大きく、話しにくい
- 現場ではパソコンの前にいる時間が短く、上司と話す機会が少ない
だからこそ、採用を増やすだけでなく、入った人が定着する仕組みづくりが欠かせません。
製造業で人材定着を阻む5つの課題
課題1:会社や上司の期待が、本人に伝わっていない
定着しない会社でよく見られるのが、「何を頑張れば認められるのか」が本人に分かっていない状態です。
会社の方針や部門の方針はあっても、それが「あなたには、これを期待している」という形で一人ひとりに届いていません。期待が分からなければ、目標も立てられず、頑張りが報われている実感も持てません。
「うちは大手企業じゃないから、方針なんて言われても」という声もよく聴きます。ただ、そう感じてしまうのは、方針を一人ひとりの仕事に落とし込むことが難しいからです。逆に言えば、ここを分かりやすくすれば、大きく変わる伸びしろがあります。
課題2:育成の段階が決まっておらず、成長の実感が持てない
「いつになったら一人前と言われるのか分からない」——若手からよく聴く声です。
育成の段階が決まっていないと、本人は自分がどこまで来たのかが分かりません。ゴールの見えないマラソンを走らされているような状態です。
課題3:ベテランの基準で見られ、認めてもらえない
ベテランの技術者は、自分ができることを当たり前だと思っています。そのため、新人にも同じ水準を求めてしまい、少しできるようになっても「まだまだだ」と見てしまいがちです。それだけ高い水準で仕事をしてきた証でもあります。
本人にとっては、どれだけ頑張っても認めてもらえない状態です。悪気がないぶん、気づかれにくい課題です。
課題4:困っていることや本音を言える場がない
製造業の現場では、上司とゆっくり話す機会が少なく、困っていることがあっても言い出せないまま過ぎていきます。評価や人間関係を気にして、本音はなかなか出てきません。
その結果、会社が問題に気づくのは、退職の申し出があったときです。辞める理由を聴いても、本当の理由は出てこないことがほとんどです。
課題5:施策がばらばらで、つながっていない
給与の見直し、研修の追加、福利厚生の充実——一つひとつは大切な施策です。しかし、採用・育成・評価・処遇がばらばらに動いていると、効果は長続きしません。
たとえば、研修で学んだことが評価に反映されない、評価で示した期待と現場で求められることが違う、といったずれがあると、本人は「結局何が大事なのか」が分からなくなります。
人材定着の施策でよくある失敗
失敗1:待遇や福利厚生だけを整える
給与や休みを見直すことは大切です。しかし、それだけで定着するなら、苦労している会社はもっと少ないはずです。待遇は「辞める理由」を減らしますが、「ここで働き続けたい理由」はつくりません。
失敗2:辞める人の理由から対策を考える
退職の面談で理由を聴いても、本当の理由はほとんど出てきません。辞めると決めた人は、角を立てずに去りたいからです。対策の手がかりは、今働いている人の声の中にあります。
失敗3:研修を足すだけで、日々の関わりが変わらない
研修で学んでも、職場に戻って上司の関わり方が変わらなければ、元に戻ります。研修は、日々のマネジメントとセットで初めて効果が出ます。
人材定着につながる施策と進め方
5つの課題に対応する施策です。
| ステップ | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1.今の状態を見える化する | 若手・中堅・ベテランから話を聴き、困りごとや本音を集める | 辞めた理由ではなく、今いる人の声から始める |
| 2.役割ごとの期待を決める | 階層・職種ごとに「何を期待しているか」を言葉にする | 全社共通は大きく、現場に近いほど具体的に |
| 3.育成の段階を決める | 段階ごとに「日々の仕事で何ができればよいか」を一覧にする | 筆記試験ではなく、仕事の中でできることで決める |
| 4.目標を本人と一緒に決める | 会社・部門の期待と、本人の得意ややりたいことを重ねる | 上司が押しつけず、本人が考えた案を一緒に直す |
| 5.毎月、短く振り返る | できたこと・困っていることを話し、上司が助言する | 長い面談より、短く続けることを優先 |
| 6.評価・処遇とつなげる | 期待した役割に取り組んだ人が報われるようにする | 育成や標準化に取り組んだ人も評価する |
段階を決めると、「認める」ことができるようになる
育成の段階づけは、野球の1軍・2軍・3軍にたとえると分かりやすくなります。
ベテランが自分と同じ「1軍」の目で新人を見ると、足りないところばかりが目につきます。しかし、「3軍としては十分」「2軍ならここまで」という基準があれば、「1軍としてはまだだけど、3軍としてはしっかりできている」と、今の段階に合わせて認めることができます。
定着との関係で大事なのは、段階があると本人が「自分はどこまで来たか」「次に何を身につければよいか」を分かるようになることです。ゴールが見えれば成長を実感でき、上司も今の段階に合わせて認め、助言しやすくなります。「いつまでも半人前」と感じたまま辞めていく人を減らせます。
段階ごとの「できればよいこと」の決め方や、3年で一人前に育てる仕組みのくわしい作り方は、若手技術者の育成プログラムのつくり方で解説しています。決めた期待や段階を評価・処遇にどうつなげるかは、製造業の人事評価制度導入、1年目でつまずく4つのポイントをご覧ください。
「書く」のではなく「話す」振り返りにする
毎月の振り返りを、書類を書かせる形にすると続きません。仕事の終わりに「今日これはできた」「これはまだできない」「明日これで悩んでいる」と話してもらい、先輩や上司がそれを聴いて一言助言する——こうした短いやりとりの積み重ねが、本人の成長の実感につながります。
最近は、話した内容をAIで整理し、1か月分の成長の記録として振り返れるようにすることもできるようになりました。
▶ 資料「離職率15%→5%を実現した組織改革の全記録」をダウンロードする
Tecrhymeの事例:期待役割を決めて、頑張りが見えるように
離職率が下がった2社の例
Tecrhymeが人と組織の仕組みづくりを支援した会社では、離職率が大きく下がった例が2つあります。
1社は、技術継承の記事でも紹介している非常用電源設備の工事会社です。ベテランのノウハウを整理し、社内で共有できるようにしたことで、離職率は15%から5%に下がりました。もう1社は自動車部品の開発・製造の会社で、業務の見える化から標準化、評価制度の見直しまでを一緒に進め、離職率は10%から3%に下がりました。どちらも、業務やノウハウを見える形にするところから始めています。
期待役割を決めて、頑張りが見えるように(三立機械工業株式会社)
三立機械工業株式会社では、全社の業務を見える化したうえで、リーダー以上の期待役割に「標準化」と「人材育成」を書き込みました。それまで自主的に標準化に取り組んでいた人の努力が見えるようになり、上の層の「自分の仕事が終われば終わり」という考え方も変わり始めています。詳しい経緯は業務の属人化を解消する方法と成功事例で紹介しています。
何を期待しているかを言葉にし、それに取り組んだ人が認められる。この当たり前の仕組みが、人が定着する職場の土台になります。
また、ある支援先では、ベテランのノウハウを整理して若手が学べる形にしたことで、入社2年目の社員が設計を担当できるようになり、ベテランはより難しい案件に専念できるようになりました。若手にとっては成長が見え、ベテランにとっては役割が広がる。それぞれの役割と成長が見えることが、働き続ける理由になります。
■杉浦のひとこと
人が辞めない会社と辞める会社の違いは、結局はマネジメントだと思っています。会社はこう考えている、部門としてはこうしたい、あなたにはこれを期待している。そこに本人の得意なことややりたいことを重ねて、今期の目標を上司と合意する。そして毎月、進み具合に合わせて助言する。
この関係ができると、人は辞めにくくなりますし、仕事も楽しくなります。難しいのは、これを一人ひとりに続ける手間です。だからこそ、上司の頑張りに任せず、仕組みにしてしまうことが大切なんです。
▶ 関連記事:製造業の人材育成を成功させる方法|課題の本質
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人材定着でよくある質問(FAQ)
Q1. 製造業で若手が定着しない一番の原因は何ですか?
給与や労働環境も大切ですが、多くの会社で見落とされているのは「期待が伝わっていない」「成長を実感できない」ことです。何を頑張れば認められるのかが分からないと、待遇を整えても辞めてしまいます。まずは役割ごとの期待と、育成の段階をはっきりさせることから始めます。
Q2. 人材定着のために、まず何から始めればよいですか?
今いる社員の声を聴くことから始めます。辞めた人の理由を探るより、今働いている若手・中堅・ベテランが何に困り、何に手応えを感じているかを知る方が、打ち手が見えます。本音は社内の人には話しにくいこともあるため、第三者が聴く方法も有効です。
Q3. 中小企業でも、人材定着の仕組みはつくれますか?
つくれます。大がかりな制度から始める必要はありません。役割ごとの期待を一枚にまとめる、段階ごとに「できればよいこと」を一覧にする、毎月短く話す時間をとる——この3つから始めるだけでも、変化は出てきます。
まとめ:人材定着は「期待を伝え、成長を見える」ことから
- 製造業の人材定着を阻むのは、待遇よりも日々のマネジメント
- 役割ごとの期待を言葉にし、一人ひとりに届ける
- 育成の段階を決め、今の段階に合わせて認める
- 書かせるのではなく、話してもらう振り返りを毎月続ける
- 採用・育成・評価を一つながりで考える
最初の一歩として、若手社員一人ひとりに「あなたに期待していること」を一文で伝えられるか、書き出してみてください。書けない人がいれば、そこが最初の伸びしろです。
Tecrhymeは、経営層から一人ひとりまで、立場をこえて本音を聴き、会社の状態を見える化し、期待役割・育成・評価までを一つながりで設計する支援をしています。管理職の関わり方を変える研修もご用意しています。人材定着でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
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■この記事の監修者

杉浦大介(株式会社Tecrhyme 代表取締役)
1978年愛知県名古屋市生まれ。南山大学経営学部経営学科卒。大手空調メーカーで営業職からキャリアをスタートし、大手自動車部品開発会社に人事として転職、人事変革を推進。人事コンサルティングベンチャー企業でCOOを務め、上場準備期まで企業成長を主導。2023年3月に株式会社Tecrhymeを設立。これまでに1500社以上の経営者・人事責任者への講演活動、200社以上のコンサルティングを実施。2021年に『理系の[採用・活かし方]トリセツ~テクダンテクジョがあなたの会社を10倍伸ばす』(ぱる出版)を出版。


