「ベテランのノウハウをAIに覚えさせて、若手がいつでも聞けるようにしたい」
「社内の資料をAIに読み込ませたが、思ったような答えが返ってこない」
「技術の情報を、社外のAIサービスに出してよいのか不安だ」
技術継承にAIを活かしたいというご相談が増えています。
結論から言うと、技術継承でAIが力を発揮するのは、ノウハウが「言葉になり、整理されている」ときだけです。AIは、ベテランの頭の中にある判断を勝手に読み取ってはくれません。判断の基準を言葉にし、業務の流れに沿って整理したうえでAIに渡すと、若手が必要なときに必要な知見へすぐたどり着ける、強い道具になります。
この記事では、技術継承にAIを活かす仕組み、AIに入れる前にやるべきこと、進め方と注意点を解説します。
| よくある期待 | 実際に起きること | こう進める |
|---|---|---|
| 資料を全部入れれば答えてくれる | 古い資料・矛盾した資料まで答えに混ざる | 使う資料を選び、整理してから入れる |
| 図面を入れればノウハウが分かる | 「なぜその設計か」は図面にないので出てこない | 判断の理由を聴き取って言葉にする |
| AIを入れれば若手が使う | 一部の人しか使わない | 業務の流れのどこで使うかを決める |
技術継承にAIを使うとは——「聞けば答える」状態をつくる
技術継承にAIを使う方法として、いま広く使われているのが、社内の資料やノウハウを生成AIに参照させ、質問に答えさせる仕組みです。RAG(検索拡張生成:質問に関係する社内の情報を探してから、それをもとにAIが答える仕組み)と呼ばれます。
この仕組みを使うと、次のようなことができるようになります。
- 若手が「この材料で、この加工をするときの注意点は?」と聞くと、過去のノウハウをもとに答えが返ってくる
- 設計レビューの前に、関係する禁則事項や過去の不具合を一覧で出してくれる
- ベテランに聞く前に、まずAIで調べてから相談できる
ベテランが退職したあとも、その判断の基準が「聞けば答える」形で会社に残る。これが、技術継承にAIを使う一番の価値です。
AIに入れる前にやるべきこと——AIは書いてあることしか答えられない
1.判断の理由を、言葉にする
AIが答えられるのは、どこかに書いてあることだけです。
たとえば、過去の図面を大量にAIに読み込ませて、似た図面を探せるようにしたとします。似た図面は見つかります。しかし、「なぜその設計にしたのか」「どんな条件ならこの形を避けるのか」という判断は、図面には書かれていません。だから、AIからも出てきません。
技術継承で本当に残したいのは、まさにこの判断の部分です。ベテランへの聴き取りで、カン・コツ/判断基準/経験則/禁則事項を言葉にしておくことが、AIを活かす前提になります。4つの分け方と言葉にする手順は、暗黙知を形式知に変える5つの方法で詳しく解説しています。
2.業務の流れに沿って整理する
ノウハウがばらばらに並んでいるだけでは、AIも使う人も迷います。「見積のこの段階で使う判断」「組立のこの工程で気をつけること」というように、業務の流れのどこで使う知見なのかとセットで整理しておくと、AIの答えの精度も、使う人の納得感も上がります。
3.使う資料を選ぶ
社内の資料を全部入れると、古い手順書や部門ごとに書き方が違う資料まで答えに混ざります。最初は対象の業務を一つに絞り、使う資料を選んでから入れます。
全部がそろってから始める必要はありません。対象の業務一つについて、流れ・判断の基準・使う情報(図面や過去の見積など)が整理できれば、小さく試せます。標準化とAIは、同時に進めればよいのです。
技術継承×AIの進め方
| ステップ | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 1.対象を決める | どの業務・どの判断をAIで支えたいかを決める | 「その人がいないと止まる仕事」から |
| 2.業務を見える化する | 業務の流れと、どこで判断が必要かを整理する | ノウハウの「置き所」が分かる |
| 3.ノウハウを聴き取る | ベテランに話してもらい、4つの種類に分けて言葉にする | 本人は話すだけ |
| 4.小さく試す | 一つの業務で社内AIをつくり、若手に使ってもらう | 効果を確かめてから広げる |
| 5.ベテランが確かめる | AIの答えをベテランが見て、違うところを直す | ベテランは「監修する人」に |
| 6.広げて、更新し続ける | 対象の業務を広げ、新しい知見を足していく | 入れっぱなしにしない |
ステップ5が、意外に大切です。AIの答えをベテランが確かめることで、ノウハウの抜けや誤りが見つかり、ベテラン自身も「自分の知識が会社の財産になっている」と実感できます。
もう一つ忘れてはいけないのが、人の評価とのつながりです。ノウハウを話す、AIの答えを確かめる、新しい知見を足す——こうした取り組みは、本人の担当業務に上乗せされる仕事です。リーダー以上の役割に「標準化」「人材育成」「ノウハウを残すこと」を書き込み、取り組んだ人がきちんと評価されるようにしておかないと、AIの中身はすぐに古くなります。技術・業務の整理と、AIと、人事の仕組み。この3つをそろえて初めて、AIは技術継承の道具として生き続けます。
進めるうえで:情報を社外に出さない「社内AI」という選択
技術の情報やお客様の図面を扱う製造業では、「社外のAIサービスに情報を入れてよいのか」という不安がつきものです。最近は、社員にAIの使用を認める際のセキュリティについて、経営者の関心も高まっています。
技術継承に使うAIは、社内の情報を社外に出さない形で構築することができます。どの情報を、誰が、どこまで見られるようにするかを決めておくことも大切です。導入の前に、情報の扱いのルールを社内で決めておきましょう。
▶ 資料「技術継承が上手くいかない理由と成功させる方法」をダウンロードする
よくある失敗:AIを入れたのに使われない
AIを入れても、使う人と使わない人に大きく分かれることがよくあります。使いこなす人がいる一方で、ほとんど使わない人もいる。原因は多くの場合、AIの性能ではなく、業務の流れのどこで使うのかが決まっていないことです。
「困ったときに使ってください」では、忙しい現場ではなかなか使われません。「見積の前に必ずAIで類似案件を確認する」「設計レビューの前にAIで禁則事項を出す」というように、仕事の手順の中に組み込むと、自然に使われるようになります。
■杉浦のひとこと
AIが当たり前になってくると、「人は何をするのか」という話がよく出てきます。私は、AIにどれだけ正しい情報を入れられるかが勝負だと思っています。会社の中に転がっている資料や数字は、AIでも集められます。でも、そこに表れない社員の本当の気持ちや、言葉になっていない判断は、人として向き合わないと見えてきません。
そこを人が丁寧に聴き、AIが整理して活かす。その組み合わせが、これからの技術継承の形だと思っていますし、私たちのサービスの真髄もそこにあります。
Tecrhymeの事例
大手自動車部品メーカーの開発部門:数千件の知見を、すぐたどり着ける形に
ある大手自動車部品メーカーの開発部門では、設計標準や禁則集などの形式知はそろっていたものの、知見が数千件に膨らみ、設計レビューのたびにすべてを確認する負担が大きくなっていました。
そこで、知見をパターンごとに整理し直し、必要な知見にすぐたどり着ける枠組みをつくりました。今はAIとも組み合わせて使われ、確認の手間は2分の1〜5分の1になりました。AIを入れる前に、整理の枠組みをつくったことが土台になっています。
非常用電源設備の工事会社:ノウハウを検索できる社内AIへ
非常用電源設備の工事会社では、設計・施工・積算を担う3名のベテランのノウハウを聴き取り、100件以上のノウハウとして整理しました。そのうえで、社内のノウハウを検索できるAIの開発に進んでいます。
なお、見える化からAI・システム開発まで進める場合、Tecrhymeは、業務の見える化・要件の整理・小さく試して効果を確かめる段階までを担当し、全体の進行役として進めます。本格的な開発は提携先のシステム会社が担当します。ものづくり補助金を活用した実績もあります。
▶ 関連記事:暗黙知を形式知に変える5つの方法
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技術継承×AIでよくある質問(FAQ)
Q1. 技術継承にAIを使うと、ベテランは不要になりますか?
なりません。AIが答えられるのは、言葉になって整理された知見だけです。ベテランは、判断の基準を話す人、AIの答えを確かめる人として、むしろ大切な役割を持つようになります。
Q2. 社内の資料をそのままAIに入れれば使えますか?
そのままでは、古い資料や部門ごとに書き方の違う資料が混ざり、答えの質が下がります。対象の業務を絞り、業務の流れに沿って整理し、判断の理由を言葉にしてから入れると、使える答えが返ってくるようになります。
Q3. 技術の情報を外に出さずにAIを使えますか?
使えます。社内の情報を社外に出さない形で、社内AIを構築することができます。あわせて、どの情報を誰が見られるかのルールを決めておくことが大切です。
まとめ:技術継承×AIは「整理してから、人と組み合わせる」
- AIは、言葉になり整理された知見しか答えられない
- 判断の理由を聴き取り、業務の流れに沿って整理してからAIに渡す
- 全部そろってからではなく、一つの業務で小さく試す
- 業務の手順の中に組み込み、ベテランが答えを確かめる
- 技術の情報は、社外に出さない社内AIで扱う
最初の一歩として、「AIに聞けたら一番助かる質問」を若手に3つ挙げてもらってください。その質問に答えるために必要な判断が、最初に整理すべきノウハウです。
Tecrhymeは、経営層から一人ひとりまで、立場をこえて本音を聴き、ノウハウを見える化し、社内AIの企画から小さく試す段階まで、伴走して支援しています。技術継承にAIを活かしたい方は、お気軽にご相談ください。
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■この記事の監修者

杉浦大介(株式会社Tecrhyme 代表取締役)
1978年愛知県名古屋市生まれ。南山大学経営学部経営学科卒。大手空調メーカーで営業職からキャリアをスタートし、大手自動車部品開発会社に人事として転職、人事変革を推進。人事コンサルティングベンチャー企業でCOOを務め、上場準備期まで企業成長を主導。2023年3月に株式会社Tecrhymeを設立。これまでに1500社以上の経営者・人事責任者への講演活動、200社以上のコンサルティングを実施。2021年に『理系の[採用・活かし方]トリセツ~テクダンテクジョがあなたの会社を10倍伸ばす』(ぱる出版)を出版。


